■平成29年度下期「建設経済環境委員会」行政視察報告(委員:平井 登)
■視察先:日立市/市原市(2017.10.12〜13) 報告者:平井 登
●視察先(1):茨木県日立市
●視察テーマ:乗合タクシー「なかさと号」について
@ 取り組みの経緯・内容
関東平野の北東端、茨城県の北東部に位置する日立市は、世界的大企業・日立製作所の発祥地である。地勢は、東側が太平洋に面する一方、西側は阿武隈山地の山々が連なっており、市街地は東側沿岸部に沿って南北に細長く展開している。
2000年代に入り、同市を支えてきた大規模事業所が、グローバル経済の進展とともに分社化や人員配置転換等を余儀なくされた影響で人口流出が顕著となり、少子高齢化も加速、高齢化率は現在30.3%(H29.4.1現在)と全国平均の27.3%を上回っている。
今回視察した『過疎地有償運送』による乗合タクシー「なかさと号」を運行している中里地区は、同市の西側山間部にあり中心市街地から約10q離れている。人口1,221人、584世帯、高齢化率50.9%になっているなど年少・現役人口の減少は著しく、その結果でもあるが、小中一貫教育が小学校・中学校の校舎が隣り合う中で行われている。
同地区の公共交通機関については、タクシー事業者はなく、隣接する常陸太田市へ通ずる国道349号線を走る茨城交通バスと同地区から日立駅まで走る日立電鉄バスが存在する。しかし、運行時間が朝夕の通勤通学時間帯に集中しているため、車を運転しない住民にとって病院への通院や買い物等で出掛ける時の利便性は低い状況下にあった。
そのような背景にあって、平成19年7月から現NPO法人「助け合いなかさと」理事長・石川諒一氏を中心とした地域住民組織が、国の『道路運送法』の改正に基づく法第78条2項に規定されたNPO法人等による自家用自動車を使用した有償運送に着目され、平成21年6月に法第79条の「過疎地有償運送」の事業者登録を受けるに至る。また、平成19年5月に日立市は、公共交通維持に関する基本方針を提示し、翌年3月に『日立市公共交通計画』を策定するが、ポイントとして、「市民との協働体制による当市独自の新たな交通と交通体系の構築」を目指すことを掲げられた。これは、住民自らの地域公共交通維持に対する責任と費用分担を条件とした支援と助成を含む内容である。
この国の『道路運送法』改正、市の『公共交通計画』策定の流れに乗りながら平成21年7月、中里地域住民と行政の協働による乗り合いタクシー「なかさと号」の本格運行へと到達して行く。この間の24ヶ月における導入検討会議は17回にも及び、試験運行、アンケート調査、地域説明会、シンポジウム等、地元合意を形成するまで多大な労力を費やされていた。
以下に過疎地有償運送事業・乗り合いタクシー「なかさと号」の現在の概要を記す。
●総事業費:(A)約600万円/年間 ●運賃収入:(B)約80万円/年間
●世帯負担金:(C)約86万円(430戸×2,000円)/年間
●国・市の補助金:(A)-(B)-(C)=約434万円(総事業費の約7割)/年間
●運行許可:自家用有償旅客運送 ●種別:過疎地有償運送
●事業主体:特定非営利活動法人「助け合いなかさと」
●旅客の範囲:会員登録された中里地区住民とその親族(同伴者)
●運行形態:デマンド式(前日予約。空きがある場合は当日予約可能)
●車両:8人乗りワゴン車2台(内1台は電気自動車)・リース契約
●運行区域:中里地区内(行先:地区交流センター、医院、商店、郵便局、JA等)
但し、地区外ではあるが滑川町にある鞍掛山霊園への運行可能
●運賃:一律300円/1外出あたりの往復料金(小中学生は150円。未就学児は0円)
●運行便数:平日4便(定時で8:30,10:00,13:00,14:30)。
さらに必要に応じ6:00〜18:00の範囲で運行可能。土日祭日に地域イベントが開催される場合、臨時便可能。
●運転員:8人(時給制) ●オペレーター(受付・配車係):2人(時給制)
「なかさと号」の運行効果としては、高齢者のサークル活動、長寿大学、ふれあいサロン等への参加が増えたこと。また、家族が送迎から解放されると同時に、利用者は地区内の行きたい所へ行きたい時間に行けるようになったことなどが挙げられる。さらに、デマンドならではのドア・ツー・ドアの利便性と地元の人たちが運営・運行することの安心感は、単に便利な移動手段というばかりではなく、地域コミュニティを維持支える上でも大きく寄与していると思われる。
A 今後の課題
運行から8年が経過する中、当初から不満が強かったのが、中里地区から外れた中心市街地等への旅客運送ができないという制約であった。現下の道路運送法等の規制上、幹線道路を運行している路線バス事業者や営業所のあるタクシー事業者への圧迫が禁止されているため地区外への旅客運送は叶わない。そのため同NPOでは、日立市内の公共施設(病院・葬祭場・イベント会場・市役所)や隣接地域(常陸太田市・里美地区・水府地区)のポイント地点に限っての運行拡大を市の運営協議会(『地域公共交通会議』)に上申し、合意していただけるよう努めているが一部(滑川町の霊園)を除いて認可の目途は立っていないと言う。また、NPOの運営・運行管理に係る人材の確保、地域負担金の安定的な確保、市からの補助金確保等に先行きの見えないことも課題として挙げられよう。
B 本市に反映できると思われる点
本市における中山間地域や公共交通空白地域にも、「なかさと号」同様の取り組みを望む声が数年来聞こえている。特に、後期高齢者を主とした交通弱者や運転免許自主返納者を支える事業として、今後切望されてくるのは間違いないだろう。また、路線バス、コミュニティバスといった大量輸送、中量輸送の不採算性による財政負担の増大をくい止める意味でも、「なかさと号」のような小量輸送と地域住民の非営利活動による相対的経費抑制策に着目する必要があるのではないか。“交通安全日本一のまち創り”を標榜する以上、多発傾向にある高齢者の交通事故を未然に防ぐためにも、早期の取り組みが求められている。
Cその他(感想、意見)
本年度の本常任委員会の主な行政視察テーマは、「住民主体による新たな公共交通の取り組みについて」であった。8月2日・3日に視察した兵庫県豊岡市の取り組み事例、京都府京丹後市の取り組み事例、そして今回視察の茨城県日立市中里地区の取り組み事例であったが、いずれも当該地区にキーパーソンとなる人材とその組織が存在していた。また、行政の指導と支援も大変積極的であり、専門知識をもった熱意ある職員の存在は印象に強い。
本市としては、全国における取り組み事例を中山間地域や公共交通空白地域の自治会を通じて紹介しつつ、関心を示された地域には出前講座やアンケート調査等を実施し、住民自らが事業主体・運行主体となる「自家用有償旅客運送(過疎地有償運送・福祉有償運送)」が実現できるよう啓蒙・啓発されることをお願いしたい。本市の行財政上からも、ある程度の地元負担を含めた“地域による地域のための地域交通”の必要性をそろそろ伝えるべきと考えている。
●視察先(2):千葉県市原市
●視察テーマ:有害獣対策とジビエ事業の取り組みについて
●視察先(2):千葉県市原市
●視察テーマ:有害獣対策とジビエ事業の取り組みについて
@ 取り組みの経緯・内容
千葉県の中央部に位置する市原市は、北に東京湾臨海部があり日本有数の石油化学工業地帯を形成し、中・南部は丘陵と山間に抱かれた農業地帯が広がる約368㎢という県内一の面積である。同市の中・南部では、就農人口の減少や狩猟免許所持者の減少等によりイノシシによる農作物被害が、平成24年から同27年までのデータによると年4,500万円前後の被害額(藤枝市の約2倍)になっている。また、住居地への出没が増え人身危害の恐れも高まっていることから実効性のある防護対策・捕獲対策が求められていた。
■有害獣対策の取り組み
同市における有害獣対策の最大の特徴は、平成21年から始めた町会との協働による被害対策の構築である。従前の猟友会を主体とした捕獲に加え、「地域ぐるみの捕獲」をスローガンに、取り組む町会に対し次のような支援を行って来ている。
❶狩猟免許取得補助金:申請手数料・講習会受講料の全額助成
❷檻ワナ購入費補助金:購入・製作費用の1/2を助成
❸捕獲交付金:捕獲者に経費補助として成獣1頭8,000円、幼獣1頭1,000円を交付
❹保険の適用:捕獲作業によるケガ、賠償について市で保険に加入
❺小型獣用箱ワナの貸与:ハクビシン・アライグマ・タヌキ用の箱ワナを貸与
❻イノシシの止めさし代行:捕獲したイノシシの止めさしを市の猟友会で代行
❼クリーンセンターでの焼却処分:捕獲した個体(死体・残さ)を無料で持込み可能
この取り組みの成果は年々実績を上げ、町会捕獲従事者数は平成21年の17町会29人であったものが平成28年までには96町会228人にまで大幅に拡大。イノシシの捕獲数も平成25年頃までは450頭程度であったものが捕獲従事者数に比例して増加し、平成28年には3,000頭近くまで伸ばしている。
同市では、町会の総意に基づく獣害対策の促進に力を入れ、●特定の人や一部の人だけに責任を負わせない。●農家だけの問題にさせない。●捕獲に特化させない。
以上のことを基軸に町会毎の「獣害対策チーム(駆除会)」を5人以上で編成させた上で、活動承認・予算措置・情報共有を行っている。また町会による防護対策として、集落ぐるみの防護柵の設置や有害獣が棲みにくい環境整備を実施している。さらに平成27年度からは、新たな取り組みとして有害獣対策の専門家にアドバイサー委託を締結するとともに、策定した『市原市イノシシ被害対策計画』に基づき、捕獲情報や防護柵設置状況、被害相談等について地図上で分析を行い、市内を8つの地区に分け、それぞれの地区に必要な対策を講じられるように図っている。併せて、「鳥獣被害対策実施隊」の編制や近隣町会(駆除会)との有害獣対策情報交換会を開催する中で、相互支援の体制づくりを行っている。
このように、地域ぐるみで獣害対策に取り組む町会を、猟友会と有害獣対策アドバイサーが支援し、行政とのパイプ役でもある鳥獣被害対策実施隊がサポートするという重層的連携が、大きな成果を生んでいると理解できる。
■ジビエ事業の取り組み
捕獲事業の目覚しい実績の一方で、同市では捕殺したイノシシのジビエ利用を推進している。とは言え、平成23年3月に発生した福島第一原発事故による放射性セシウムの影響によるイノシシ肉の出荷制限(原子力災害対策特別措置法)があったのであるが、制限の一部解除を受け、販売を目的とした肉については、県の「出荷・検査方針」に基づいた全頭検査をクリアしたものを販売許可している。この検査は、イノシシの止めさし時における行政職員の捕殺現場での立ち合い検査と、隣町・大多喜町との協定により持ち込みが可能となった「大多喜町都市農村交流施設(イノシシ解体処理施設)」での放射性物質検査の二重チェック体制となっている。
平成28年度の場合、県全体のイノシシ捕獲数28,599頭の1.2%になる351頭の内、163頭が大多喜町の施設で解体加工処理されている。ただし、市原市からの受け入れ数は24頭と極めて少数である。なお、搬入されたイノシシは加工処理施設で買い取られ捕獲者に全額還元されるとのことで励みとなっているようだ。出荷されるイノシシ肉は市内の33店舗で扱われ、ぼたん鍋やステーキ、コロッケ、カレー、ラーメン等の料理メニューとして活かされている。また、サラミやジャーキーに加工され、平成28年度は3,030個が高速道路の市内サービスエリアや道の駅で販売されるなど、“ジビエのまち”としての特産品に位置付けられている。
A今後の課題
獣害対策先進地である同市の地域ぐるみの防護及び捕獲対策については、大きな課題は見当たらないが、3,000頭近い捕獲頭数に比べてジビエ利用頭数が少なすぎる理由として次のような課題が挙げられる。
まず捕獲後に速やかに解体処理ができるよう、捕獲現場への行政職員の立ち合い検査の見直し(検査員が来るまでの時間ロス)等の規制緩和が求められる。また、隣町である大多喜町の同施設の受け入れ条件として、止めさし後30分以内に搬入可能なエリア(市原市の南端地域)で捕獲したものに限定されていることも大きな課題であろう。
この点について同市では、関係者から市内への解体加工処理施設建設の要望と機運もあり、議会でも検討が進められていると答えられた。
B本市に反映できると思われる点
本市では、農林水産省が推進する「鳥獣被害対策実施隊」の編制を現在検討されており、来年4月を目途として猟友会等の関係者と調整が進められているようだ。しかしながら、もっとも効果を上げる根幹対策は、市原市が取り組んでいるような地域ぐるみの組織編成ではなかろうか。本市中山間地域においては、町内会毎に駆除隊(猟友会メンバー含む)を編成し、それを行政とのパイプ役になる鳥獣被害対策実施隊がサポートする仕組みが必要であろう。それは市原市のように、●特定の人や一部の人だけに責任を負わせない。●農家だけの問題にさせない。●捕獲に特化させない。●害獣が棲息しにくい環境整備。等々、地域と行政が一体となった、尚且つ役割分担が整理された組織の構築と連携を図っていただきたいと考える。
また本市には、捕獲したイノシシやシカをジビエに活かせる優秀な事業者がいる。その事業者が切望している解体加工処理施設の建設を早急に実現していただきたいと思っている。それにより捕獲者のモチベーションアップ(捕獲褒賞金と屠体売上金)、ジビエ料理の市内普及、皮革・角・爪等を再利用した新事業など産業と雇用の創出とともに農作物被害を克服できる、まさに地方創生のモデル事業に高められると考えている。
イノシシ・シカ等を天恵と捉え、繁殖をコントロールしつつ農作物被害を抑える取り組みを、本市が主導して取り組まれることを切に願っている。